奈良盆地東南部に暮らす人たちは古代から、西にそびえる二上山を特別な思いで見てきました。信仰の対象になったほか、太平洋戦争末期には本土決戦に備えた軍事施設もつくられました。奈良県大淀町教育委員会の松田度さんに、そんな二上山の歴史を振り返っていただきました。
サヌカイトや凝灰岩などの有名な石材の産地
奈良県と大阪府の境にそびえる二上山(にじょうざん)。北側の雄岳(標高517メートル)と、南側の雌岳(標高474メートル)のふたつのピークからなります。「万葉集」では「ふたかみやま」とも呼ばれていました。四季を通じて登山客も多く、雌岳の山頂からは大和盆地と大阪の海が望めます。
二上山は火山の岩(安山岩・凝灰岩)でできています。鋭利な「ナイフ」になる、ガラス質安山岩(サヌカイト)の原産地としても知られ、旧石器から弥生時代まで、石器の石材を供給していました。火山灰がかたまった凝灰岩は、古墳の石棺や寺院・宮殿の石材としても重宝されました。
また、二上山付近でとれるザクロ石の粒は「金剛砂(こんごうしゃ)」と呼ばれ、古代から研磨剤としても珍重されました。これらの岩石・鉱物と人のかかわりについては、奈良県香芝市の二上山博物館でじっくり学ぶことができます。
戦争末期につくられた屯鶴峯の地下壕とは
二上山の北麓には、白色凝灰…